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解ってくれなんていつ言った? :: 2015/02/08(Sun)

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理解できないものを理解しようとすることが、最善の策とは限らない。





ここ数日での、ISILがおこした一連のテロ行為とその惨状がテレビから流れてきたときに、それを嫌悪や憎しみ、恐怖のまなざしで傍観してあれこれ議論し、答えを出すことが、ほんとうの理解ではないんじゃないか、と、俺はおもう。
それらは彼らの " 負のエネルギー " として、彼らの独裁をより強固にしていくだけの理由にしかならない。
テロは絶望の深淵をみてしまった人間にしかわからない行為だ。
テロを理解することは、絶望を理解することで、絶望を許すことは、希望を捨てるということでもある。



逃げなければいけない。理不尽なものからは、逃げなければいけない。
そして、絶望に打ち勝つためには、希望をもつしかないのだ。
" 希望 " のない場所じゃ、 " 絶望 " はすぐに回帰してくる。





22:05。
BGMはBritney Spearsで『Perfume』





魔女狩りはいつの時代も公然と執り行われてきました。
黒人への差別と暴力、それに伴う公民権運動。
奴隷制度、カースト制度。
さまざまな国が、自国のためにと行ってきた捕虜問題。
女性軽視と家父長制。
LGBTへの偏見と軽蔑。
キリスト教とユダヤ教、イスラム教などの宗教上の対立。



それぞれがそれぞれの信じる正義のために、糾弾や弾圧があり、差別や偏見があり、宗教と戦争があり、だからいくら理解しようとしても、到底無理なはなしだと思います。
理解するという行為は、じぶんの思う「正義」の教科書で判断するんじゃなく、そこから一歩踏みこんだ「他人の意見を聞き、咀嚼し、考える」ということが出来なければ、結局はおなじ悲劇の繰り返しだとおもう。俺は。





世の中は「理解すること」を、押し付けすぎなんじゃないかと思う。





たとえば、ゲイやレズビアンが偏見や差別に曝されたときに擁護してくれるのは、異性愛者のひとたちがそれを本当に理解してくれたからなのか? というと、そうとも言い切れないんじゃないかなぁ、と、すこしだけ思います。
彼らのいう「理解」は、「容認」であり「許容」であり、それが対等な立場での理解なのかというと、疑問符がうかぶ。
そもそもこの世に " 対等 " なんてあるはずがない。
男女平等、男女共同参画社会なんて、ほんとうに? と、疑ってかかってしまいます。



マツコデラックスが以前テレビで、


「男女平等っていうのは、男に合わせられる女が平等だというだけで、基本的に男と女じゃ社会的な役割がそもそも違うわけだから、平等なんてあるはずがない」


というような事を言っていて、言い得て妙だな、と、感心しました。
男が理解できる女は、じぶんと対等に話せて同じ量の仕事ができる相手のことを指していて、それ以外はただの " 女 " でしかない、と言うと言い過ぎでしょうか?



でも、男って自分勝手なひと、多いですよね。
女の子には煙草は喫ってほしくない! とか、家で下着姿とか、だらしない格好しないでほしい! とか。
結構、男の価値観って偏狭なんです。
まぁ、男が一方的に悪者だと言い切るのは、さすがにしませんけど。



男女間の問題や、LGBTの問題なら、まだ議論の余地もありますし、心から理解を示してくれるひとも居るかもしれませんけど、これがもし、ロリコンだったりペドフィリアだったら、どうでしょう?
ロリコンって、一般的にいってちょっと「後ろめたい」ですよね。
何故なら、子どもは大人よりも弱くて性的にも未熟だから、" そういう対象 " にするには、いささか人間としての真価が問われやすいからではないかと思います。
特に性的な側面ばかりが強調されてしまうので、嫌悪感をおぼえる人も多いですし、その手の指向が一ミリもない人には、そのような事は言語道断、理解するまでもないと切り捨てられてしまうわけです。



勿論、それらを理解することは当然、当事者でない人には無理でしょうね。
あまりそういう事を考えない人だと特に、倫理観や先入観がまず最初にあるので、よけいに拒否感を示すのだと思いますし。
ただ、多くの場合、ロリコンの人たちはひっそりと、静かに暮らしていますし、分別のある人であれば、自分の性欲くらい自分でコントロールできるはずです。
(だから俺は、ロリコン向けのアニメや漫画を規制する動きには、反対です)



ひとは自分の生まれ持った内的な境遇からは逃れられません。
ある日とつぜんそれと向き合わされる羽目になって、どうにかしてそれと折り合いをつけて生きていかなければいけないのです。
どうして、ロリコンであるというだけでその人自身を否定されなければならないのか。
子どもに実際に手をかけたわけでもないのに、必要以上に悪者にされすぎているんじゃないか。





理解できないものは排除される。
魔女狩りは公然といまも、どこかで執り行われていることです。





ゲイである自分を理解してほしいなんて思わないですし、理解が得られたからといって、それが容認や許容であるのなら、必要ありません。
ただ知ってほしいだけで、そっとしておいてほしいだけで、受け容れてほしいだけで。



昨日の記事でも書きましたけれど、受け容れるということは、乗り越えることでもあると俺はかたく信じています。
俺はゲイである自分を受け容れて、その人生を生きることを選んだ。
ロリコンやペドフィリアの人たちも、自分の境遇を心底呪って、憎んで、悲嘆したとおもいます。
けれど、受け容れることで、" 絶望 " が " 希望 " へと変換されることもあるんだと思います。そう思いたい。



理解なんてしなくていい。されなくても構わない。
ただ現実を知って、受け容れてほしい。
そうしてもらえれば、みんなが希望を見つけられるんじゃないか、と、ばかげた夢を見るみたいに、俺は信じています。
絶望を受け容れてしまえば、そこから前を向くこともできるはずだと。
それが出来るのは、この世で人間だけだとも。





「希望は残ってるよ。どんなときにもね」





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