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デ・ジャヴュ :: 2015/02/13(Fri)

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実際は見たこともないはずなのに、 " それ " を見た瞬間妙な既視感をおぼえるときが、たまにある。
あれは一体何なんだろうなぁ、と思って考えてみるけれど、こたえは見つからない。
妄想? 錯覚? 誤解?
頭の中で思いつく限りの単語を浮かべてあぶりだしてみるけれど、どれもしっくりこない。



わかることと言えば、ぜんぶ思い出絡みでの既視感だということぐらいだ。





11:11。
BGMは、Kelly Clarksonで『Catch My Breath』





断片





きみはその黒猫の飼い主でもあり、友だちでもあり、知人でもあった。
そしてどうしようもなく他人でもあり、異種でもあり、けれど安らぎでもある。
「ちーちゃん」というのがその猫の名前で、ちーちゃんはきみの家の中でのただひとりの理解者であり、異体同心だったから、きみはちーちゃんをこよなく愛した。



「おいで、そんなに汚れて。ぼくが面倒を見てあげるよ」



実際にきみが何を言ったのかはわからないけれど、多分心の中でそうつぶやいて、きみはどこかの路地でちーちゃんを見つけた。
塾の帰りで、きみは中学生だった。
ちーちゃんはとんでもない人見知りで、旺盛な警戒心できみを威嚇したんじゃないかとおもう。
それでもきみはどうにかして、ちーちゃんを家まで連れ帰り、わからずやの父親からの承諾をとりつけ、ちーちゃんはきみの家族になった。
きみだけの家族だ。
きみが、初めて見つけた、きみの肝胆相(かんたんあい)照らす相手だった。



「しょーちゃんは、ちーちゃんみたいやなぁ」



きみはそう言って、ふっと笑った。
電話越しの声は幾分かご機嫌で、まるで相好を崩したようにちーちゃんと俺の共通項を思いつくまま列挙していく。



人見知りなところ、あまり人に懐かないところ、テンションが低いところ、何となく俺のイメージカラーがブラックなところ、無表情っぽいところ、でも懐くとすごくじゃれついて、裃(かみしも)を脱ぐところ。
「な? ちーちゃんそっくりやろ?」
全然そんなふうではないのに、なんとなく拙いと感じさせる大阪弁できみが相槌を求めた。
きみがそうやって、ちーちゃんの話をするのを俺は好きだったし、きみの痛々しいまでの失恋もそれに伴う自閉も、ぜんぶが俺にとっても心苦しいことだったから、たまにそんなして淀みない声で話すきみに会えるたび、嬉しかった。



「たまに何日か帰らんときがあるとするやん?そしたらちーちゃん、俺のこと忘れてしもうてるねん。帰ったら一週間くらいは近づいてこんねんな。薄情な猫やろー。笑」



子供じみたイントネーションで喋るきみは、ちーちゃんの薄情っぷりをそう揶揄して、渇いた笑い声をあげる。
きみがまだ、北海道で失恋する前。
元気で、 " 健全なまでに不健全 " なことをして青春を謳歌していた頃のきみ。



電話口でのきみの声はひどく甘ったるくて、一度も会ったことのないきみを想像しては、それが大抵、ひどくちぐはぐなイメージばかりなのでおかしい。
背が低くて(160cmほどの身長で、本人はそれが「すごいコンプレックス」らしい)、髪は若者っぽく茶色で(いわく、「俺は黒がいいねんけど黒似合わんねん」)、写真で見た限りかわいらしい顔でおよそ男らしい感じは見受けられなかったけれど、そのどれもがきみっぽくて、でも本当のきみを俺は知らないから、頭の中できみが動くたび、声と表情と動作がじょうずに同期しなくて困惑した。
きみのことを、もうずっと前から知っているつもりでいたけれど、本当はきみのことを解っていたときなんて、なかったのかもしれない。
きみの断片だけを見て、きみがどういう風に暮らして、どういう風に勉強をして、どういう風にバイトして、どういう風に街を闊歩するのか、俺は知らない。
何も知らない。
それなのに、きみは俺の中での拠り所になりつつあった。
きみはどんどん俺の心に居場所を作っていった。
無許可で、それでいて親しみをもって、きみはするすると俺の中に侵入してくる。



「おいで、しょーちゃん。」



たまに冗談でそう言うきみが、まるで飼い主のようで、俺はゆっくりとその声のするほうに引き寄せられる。
ちーちゃんみたいに、きみのやさしい声に手繰りよせられるみたく、俺はきみの唯一の理解者になりたかった。
そして、こよなく愛されたかったのかもしれない。
その小さい(であろう)手のひらで、やさしく撫でてほしかったのかもしれない。





また断片





きみはファッションが好きだった。
大阪の、なんとかという男子校に通っていてそこそこな進学校の生徒なくせに、きみは大学には行かないで服飾の勉強をするのだ、と力強く宣言した。



「パタンナーって、まぁデザインを型紙におこす仕事なんやねんけど、それになりたいんよ」



きみはそう説明して、いかに自分がそれに心を傾けているかを熱心に説いて、聞いたこともないようなブランド名をおぼえさせられた。
事実、きみはお洒落だった。
バイトをふたつも掛け持ちしてお金を稼ぐきみは、さながら守銭奴と言っても過言じゃなく、とにかくバイトを中心にして生活しているような節があった。
牛角という焼肉店でいっしょにバイトしていたきみの好きな男も、きみの異常なまでのオーバーワークを心配していたらしい。
ユウちゃん(というのがきみの好きな男の名前だ)は俺のことほんま心配してくれんねん、と、きみは自信満々に言った。
大親友やねんからな、と。
その大親友にこっぴどく振られてボロボロになっても、きみは同じことが言えただろうか。



毎月の給料を貯金と遊びと洋服につぎ込み、きみはおよそ学生らしからぬ格好で梅田や御堂筋をふらつき、遊び歩いた。
貯金は、服飾専門学校への資金で、きみは本気なのだとわかった。
でも、きみのわからずやのお父さんは言下に否定した。
学歴がすべてで、大学進学がすべてで、世間体がすべてだったきみのお父さんと、よくそれで喧嘩になったらしい。
それでもきみは自分を曲げなかった。
やりたいようにやる。それがきみの箴言で、きみを " きみたらしめている " 理由だったのだ。



「難しいねん」
きみは言葉そのままに、難しそうに言った。
「おとんは何もわかってくれんから」
かなしそうに言い、その意志の強さと引き換えに、良好な親子関係を築けないきみはそれでもやっぱり、家族を愛していた。
「嫌いにはなれんよな」
何もかも悟っているような口調で言い、気を取り直したようにきみが笑う。
俺もいっしょに笑って、きみが早く自由になれればいいのに、と、思った。
きみは家族の中で、落伍者だった。



「兄ちゃんはほんまにだらしない奴でいらいらする」
きみがそう言うときは決まってお金絡みでのことで、きみのお兄ちゃんはきみとは正反対のろくでなしだった。
大学生で、ろくすっぽバイトもせずに遊び歩いては金を使い果たし、きみから搾取したりお母さんから搾取したりしている。
それなのにきみがお兄ちゃんを見捨てなかったのは、家族だからで、きみはせつなそうに、
「しゃあないやん」
と言った。
電話越しでも弱々しく笑っているのがわかる、そんな声で。
きみがそういうふうに落ち込むのを見るのは辛かった。
きみには笑っていてほしい。
泣いてほしくない。
願いが叶ってほしい。
俺はきみの幸運を、心から願った。
今も、願い続けている。





ときどき思い出す。



きみの笑い声、きみの甘えた声、きみの寂しそうな声、きみの怒った声。
きみの、死にそうなほど絶望にみちた声。
ちーちゃんの話。写真嫌いのちーちゃん。
あまり鳴かないちーちゃん。黒い艶やかな毛で優雅に、気高く堂々としているちーちゃん。



俺はきみと一度も会ったことがないのに、きみを知っている、と思う。
ちーちゃんは写真嫌いだから、一度も見たことがないけれど、黒猫を見るたびに、ちーちゃんの事を思う。
それらは既視感に似ていて、俺をひどく懐かしい気持ちにさせる。
ともすると、動揺させる。
すべて自分の妄想で、過去なんて持っていないような気分にさせる。



でも、きみはいつも俺の心のどこかで笑っているのだ。
写真と電話越しの声でしか知らないけれど、きみによく似たひとを見かけるたびに、俺は口にしがたい既視感におそわれる。
そして、きみは幸せだっただろうか、と考えたりする。
きみは笑っているだろうか。
ちーちゃんはあいかわらず、無表情で生きているのだろうか。



もしきみにいつか、会えたときは、「生きたいように生きればいい」と言うつもりだ。
生きたいように生きて当然だ、と。





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