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光と、影と、 :: 2015/02/23(Mon)

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光り輝いているひとがきらいで、自信に溢れているひとがきらいで、愛されているひとがきらいで、格好いいひとがきらいで、屈託のないひとがきらいで、楽しそうなひとがきらいで、やさしいひとがきらいで、そういうひとたちがだいきらいだったのと同時に、憧れてもいた。



そういう存在になりたいと心から願って、けれどそういう役回りは一生まわってこないだろうとどこかでわかっていた。
光り輝いて生きられるひとは、ほんの一握りだ。
選ばれたひとたちの、選ばれた、永遠につづく遊戯のように、それはすぐそこで繰り広げられているのに触れることはできない。
まるでうすい膜がはってあるみたいに、触れたそばから柔い弾力で跳ね返されてしまう。





13:55。
BGMは、Loreenで『My Heart Is Refusing Me』





疎外感、と、俺はそう呼ぶことにした。
それはやがて、 " 劣等感 " という醜くてあちこち尖った厚い殻にかたちを変えて、そこに篭ってしまった自分自身を、外の世界のなにもかもから幽閉してしまう。
" 被害妄想 " と、ひとが見たらそう言うだろうか。





俺が傷ついていたのは、自分が光り輝くような存在じゃないことでも、機転をきかせて周りをあかるくさせることができないからでも、人生を楽しめずに厚い殻に閉じこもっているからでもなかった。



俺がなにより傷ついていたのは、あのひとに対する恋心のせいだ。
それは自分たちを苦しめ、淡い光で彼を照らすようなこともなく、しあわせは電話を切ったそばから不安に侵食されてしまうように、恋がもたらすはずのいくつかの清廉や純粋をことごとく無にした。



春の終わり、桜はとうに散って、夏の前のような強い陽射しばかりが視界をくもらせる。
強すぎる陽射しは、ときおり暴力的なまでに目の前の風景を暗くするとおもう。
目を細めてしまって、みえるはずのものも、ぼんやりと輪郭をうしなう。
そんな時期に、俺たちは出会った。
もう風はなまぬるくて、太陽の光で影ばかりが強調されて、つい日陰ばかりを歩きたくなるような、そんな日、彼と出会ったのだ。





彼とは彼のブログを通じて知り合った。
少しずつ深まっていく彼への好意を、俺は気づかない素振りで、けれどどこかではやく気づきたくてうずうずしていた。
だから、彼に「好きなんだけど」と伝えたあと、はじめて同性にそんなことを言ったのに、ちっとも後悔はなかった。
彼は俺の気持ちをうけいれてくれた。
このひとはなんて尊いひとなんだろう、と思った。
きっとこのひとは傷ついていてもそれを隠して笑っているような、そんな尊さを感じた。



彼との恋愛はもうほとんど瀕死に近かったと思う。
お互い顔は写メ、声は電話、考えはブログとメールでしか知らないのに、このひとしか居ない、と、強く心に思わせる何かがあった。
毎日連絡をとりあって、ときどき彼の元カレが原因で連絡を絶たれたり、彼自身の抱えていた問題が深刻になっていくにつれて、もともと安定していなかった足場はさらにぐらついた。
じっさいには会ったこともない、ほんとうにそんなひとが実在するかもわからないのに、俺はその遠くはなれた尊い男のことが好きで好きでたまらなかった。
骨抜きにされた、といってもいい。
正常な判断能力をうしなって、彼がみていた景色やこぼれおちた痛みを拾い集めようと躍起になったりした。



こんなに苦しいのに、彼はまぶしい。
そのまぶしさのせいで俺は、目を細めざるをえない。
視界から輪郭がなくなり、影ばかりがちらつくような世界で、俺は彼と永遠に転落しつづけているような気がした。





ある日、バイトが終わって時間があいた俺は、すぐ近くにあったちいさい商業施設に入った。
アートセンター、と名のついたそこは、文字通り定期的に開催される展覧会や全国巡回でまわってくるイベントごとを催すような会場で、美術館よりはいくぶんライトで、家族づれでも入りやすいというのが売りだった。



その時そこで開催されていたのは、名前は忘れてしまったけれど「自然」をテーマにした内容で、さまざまな作品が各ブースに用意されていて、学芸員よろしく作品の解説者がそれぞれの持ち場で訪れる客たちの相手をしている。



シアタールームの奇妙な映像、子どもが描いたんじゃないかと思うような個性的な森林、妙に生々しくリアルに描かれたカブトムシやらクワガタの点描画、一般参加型のフリースペース。
いろいろなブースをまわりながら、俺は連絡のなかなか取れない彼のことを思った。
彼はいま、何をしているんだろう。
元カレとセックスでもしているんだろうか。
なぜ、彼のことになるとこうも度をうしなうのか。
どうして、彼はあんなにもまぶしい存在なのか。
ただわかるのは、彼のことが大好きで、他のことはどうでもいいということだった。





ひとつのブースに入る。
中は真っ暗で、真ん中になにやら妙な円形のテントのようなものがあった。
そこだけが中からかすかに光りを放っていて、他にもひとが居るようだった。



近づいてみると、解説者の女の人が先客らしい中年の夫婦に作品の説明をしていて、俺が目に留まると、
「こんにちはぁ!どうぞ、ご一緒にご覧ください」
と、元気よく言った。
そこは、草や花がたくさん植えられていて、まるで小さなガーデニングのように思われた。
名前も知らない花と草が、かすかな光りに照らされてうすぼんやりと見えた。
そこで再び説明がつづけられる。



「こちらの作品は、生きた草花をそのまま植えていまして、これだけだとただのガーデニングかと思われるかもしれませんが、実はこのブースにはある仕掛けがあるんです」
解説者の女の人はスムーズにそう言うと、つづけて何かのスイッチを目立たせるように手に持って俺たちの前にかざしてみせた。
「これは特殊なスイッチになっていまして、これを点けると普段は絶対にみることのできない " あるもの " が見られるようになるんです」
口元にわずかに微笑みをつくって言い、女の人は、それではいきますねー、とあいかわらず愛想よくつづける。



スイッチを点けた瞬間、それが何なのか、いったいどんな意味があるのか、よくわからなかった。
なにか映像が映し出されるでもなく、電気がついてあかるくなるでもなく、あらわれたのは、黒いテントがはられたブース一面に無数の光りの粒が飛び交っている映像なのか、現象なのかはわからないけれど、ともかく " それ " が勢いよく動きまわっていた。
おおよそ数え切れないほどの光りの粒子は、ぴょんぴょん跳ねるように動くものもあれば、まるでUFOのように瞬時に移動してしまったんじゃないかと思うくらい速い速度で飛び交うものもある。



きれい、と中年夫婦の妻が言い、すごいな、と夫があいづちをうつ。
さっきまでよく顔のわからなかった彼らの表情が、慣れてきた目にすこしだけわかった。
解説者の女の人はまんぞくげにそれを見つめ、説明のつづきを聞かせてくれた。



「いま映し出されているこの光りの粒は、映像などではありません。さっきのスイッチを点けて、特殊なライトをこの植物たちに当てているんですけれど、じつはこの植物たちが、今まさにこの光りの粒を出しているんです」
女の人の説明に、中年夫婦は、ほお、と一声をあげる。
「光子、といいまして、英語だとフォトンというんですけれど、これは生きているものなら何でも出しているものなんです。目には見えませんが、生物は生きているあいだずっと、この光りの粒、光子ですね、これを放ちつづけているんです。もちろん、人間もそうです。特にスポーツをしたあとは、光子の放たれる量が多くなるといわれています」
すごいわねぇ、と中年夫婦の妻が言い、夫がまたひとつ、ほお、と言った。



「生きているあいだはずっと、この光りの粒は出続けています。死んでしまったら、それもなくなりますけれど」
女の人の説明がおわり、スイッチが消される。
光りの粒子は、ひとつ残らず消えてしまった。
残ったのは、さっきと同じ、小さなガーデニングだけだ。
それでは、お出口はあちらになります、ご静聴ありがとうございました、と解説者の女の人が言い、それを合図にしてつぎの客が入ってくる。





俺は、いま見たものはほんとうだろうかと思った。
生きているものは、生きているあいだずっと、ああして光りの粒を放ちつづけているって?
植物だけじゃなく、人間も、なにかさっきのような特殊なスイッチで照らせば、あの光りの粒のようなものがいっぱい飛び交っているのが、見えるのだろうか。



俺も、彼も、あんなふうに綺麗な光りを出して、あんなふうに小刻みに動きまわりながら、生きているのかな。
あんなふうに必死に、消えてしまいそうなくらい小さな光りの粒を、消えないようにいっぱい出して、生きているのかな。



俺は自分が、光り輝く存在とは無縁であるとおもっていた。
いつも影で、光りが当たっても目を細めて見ないふりをしてしまう、と。
だから彼のような、光りに溢れたひとに出会うと、俺は自分にないものばかり数えて、自分にあるものを数えたことなんて一度もなかった。
あるはずがない、と、おもっていたから。
そんなものが俺なんかにあるはずがない、と。



でも、きっと自分じゃわからない。
きっとそうだ。
彼は自分のことをよく卑下してみせる。
出来損ないで居ても居なくてもいい、どうでもいい存在なんだと言ったりする。
その都度、俺は彼に言うのだ。
おまえはどうでもいい存在なんかじゃない。
現にこうして俺には必要な存在なんだし、居てもらわないと困る、と。



彼にとって、俺は光り輝く存在にみえるだろうか。
自分にないものを持って、しあわせに生きているようにみえるだろうか。
自分じゃわからない。
でも、もし本当にそうだったら、嬉しい。
そうじゃなくても、俺たちみんな、光り輝いている。





光り輝く存在になるのは難しい。
俺は自分がどんなにそれとかけ離れた存在であるか知っているから。
光りに手を伸ばして、届かないとわかっているのに諦めきれずに指先をぴんと張って、すこしでも届けばいいと願いつづけて、でもこうして必死に生きている。
そんな自分のことを、よく知っているから。






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